'98.8.1 記

愛知県城跡巡り('98.3.31〜4.3)

 春は学会の季節である。今年の日本農芸化学会の大会は名古屋の名城大学で行われるのだが、 私はその大会に行くことになったのだ。行くだけではなく、発表するのである。
 で、せっかく行くのだから天下人を産んだ地、愛知の城跡を攻略しようと思い立ったのである。 結果、どっちがメインなんだかわからなくなってしまったが。

 3月31日の夜、新宿発名古屋行きのハイウエイバス、ニュードリーム名古屋に乗る。 夜行バスは始めてであり、スキーバスのようなのを想像していたのだが、実際はそうではなく、 非常にゆったりしていて快適であった。研究室のみんなとビールを飲んで就寝。

 翌4月1日、朝早く名古屋駅前に到着。早速あらかじめ予約してあったビジネスホテルまで行き、 荷物を預ける。そこでみんなと別れ、みんなは学会会場へ、おいらは城跡巡りを開始する。

 まず目指すは国宝に指定されている犬山城である。 ホテルからもっとも近い、地下鉄伏見駅から鶴舞線で上小田井駅まで行き、 そこで名鉄犬山線に乗り換え、犬山遊園駅で降りる。 直通電車もあるのだが運悪く乗れず、おまけに接続も悪くやたら時間がかかった。 ここから犬山城までは徒歩である。案内板を頼りに木曾川沿いに少し歩くと、 山の上に犬山城の天守閣が見えてくる。

犬山城 犬山城

 天守閣が見えてから、そこに行くまでが遠いのだが、朝の心地よい空気の中を、 ゆっくりと流れる木曾川と満開の桜を見ながらなので、そんなに大変ではない。
 天守閣を間近に見てみると、なるほど、荻生徂徠が「白帝城」と言ったのも良く分かる。 威風堂々としており、国宝にしてももったいなくはない。現存最古の天守閣だの、そうでないのといわれているが、 正直言ってそんなことはどうでも良い。 天守閣の内部も必要最低限の改築に押さえられているようで、階段は急で上り下りは大変だが、 その分、築城当時の雰囲気は良く伝わってくる。

犬山城天守閣より
岐阜を望む
犬山城天守閣より

 最上階から岐阜方面を望む。信長もここからこのようにして美濃を眺めていたに違いない。

 犬山城からすぐのところにある犬山市文化資料館に立ち寄る。ここは別館のからくり展示館と併せて、 犬山祭に関する資料が大量に展示されている。また、犬山の歴史文化についても展示がある。

 犬山の城下町の古い町並みを見つつ、犬山駅に向かう。 途中、市営図書館の裏手にある木ノ下城跡に行く。 ここは文化資料館の所員の方に教えてもらったのだが、現在は神社になっており、石碑しかない。

木ノ下城跡 木ノ下城跡

 犬山駅から名鉄小牧線に乗り小牧駅で降りる。目指すは小牧山である。 駅を降りてから、小牧山まではバスで行くのだが、乗り場が良く分からなかったので歩くことにした。 駅から小牧山を目指し真っすぐに歩いていくと、途中から雨が降ってきた。 傘を差しつつ歩いていくと、山頂に小牧市歴史館が見えてきた。 この周辺は公園として整備されていて、桜がきれいであった。

小牧山城跡
小牧山城跡
(小牧市歴史館)
小牧山城本丸跡
小牧山城本丸跡

 小牧市歴史館は小牧・長久手の戦いなどが非常に分かりやすく展示してあり、一見の価値はある。 ただ、この天守閣が戦国時代の復元だと勘違いされやしないかと不安ではある。
 小牧駅までの帰りはちょうどバスがあったので、名鉄バスで戻る。

 小牧駅から名鉄小牧線で味美駅まで行き、東海交通城北線の味美駅まで歩く。雨も小降りになってきた。 近くに二子山古墳があるらしいが、場所も分からないしあまり興味もないので無視する。
 城北線味美駅から勝川→金山→神宮前と予定していたのだが、電車が1時間近く来ない。 一瞬どうしようか迷ったのだが、反対方向の電車なら15分ほどで来るようだし、 尾張星の宮駅から清洲城まで歩けるようなので、急遽予定変更する。

 尾張星の宮駅に降りると、雨が土砂降りになっていた。 駅前だというのに何もなく、清洲城への案内も大ざっぱ。妙に虚しい気分になりながら清洲城を目指す。 途中地元の人に道を聞きつつ、清洲城に到着。

清洲城 清洲城

 しかしこれはあくまでも模擬天守であり、戦国当時の姿が復元されているわけでは全くない。 ここは清洲文化広場となっており、完全な観光目的の場所となっている。 内部はふれあい郷土館と称し、清洲町の歴史文化について展示してある。 本来清洲城が建っていたのは、五条川をはさんで反対側であり、こちらも公園として整備されている。

清洲城址
清州城址
清洲古城址
清洲古城址の碑

 また、さらにJRの線路をはさんで清洲公園となっているのだが、おいらが行ったときは工事中で、 大回りをしなければ行けなかった。しかも清洲公園は工事中で立ち入り禁止であったが、 誰もいないようなのでコッソリ入って信長像を見てくる。

信長像 清洲公園信長像

 新清洲駅まで歩き、名鉄名古屋本線で神宮前駅から熱田神宮へ参拝に行く。 一応みんなの学会発表が無事に終わりますように、と願掛けをしておいた。 信長も桶狭間に出陣前、ここで参拝したのだから、縁起がいいに違いない。

熱田神宮 熱田神宮

 熱田神宮の宝物館には刀剣類が多く展示されていて面白かった。 そして神宮西駅に行き、学会会場である名城大を目指す。思ったより時間かかったな…。

 4月2日。今日は夕方発表がある。が、午前中は観光する(いい根性していると自分でも思う)。 発表用のOHPや原稿を忘れずに持って、背広姿で出発である。

 伏見駅で地下鉄一日乗車券を購入し、地下鉄東山線で栄町駅へ、そこで乗り換え地下鉄名城線で市役所駅まで行く。 そこから名古屋城はすぐである。
 名古屋城はさすが尾張名古屋のシンボルだけあって、とっても整備されており、 見どころも多い(きんさんぎんさんが植えたサクラもある)。
 天守閣はさすがに立派であるが、中に入ったら一瞬引いてしまった。 なんでエレベーターがあるの?城跡と思わずに資料館だと思えばいいんだろうけど…。

名古屋城
名古屋城天守閣
(手前は本丸御殿基石)
清正公石曳きの像
清正像
清正石
清正石

 また加藤清正って人気あるのね〜と思ったのは、清正公石曳きの像があったり、 清正石といわれる巨石があったりしたこと。 ただ、この巨石がある場所は黒田長政の担当だったそうだから、「清正石」っていうのはねぇ。 おそらく黒田長政も、この石にもしっかり刻紋を彫っておけばよかったと、草葉の陰で思っているに違いない。

那古屋古城跡 那古屋古城跡

 二の丸庭園には那古屋古城跡がある。 おそらくほとんどの人が目にも留めないのだろうな、と思うとなんとなく物悲しい。

清洲櫓 清洲櫓

 敷地の一番左奥にあるのが、清洲城の古材を多く用いて建築された清洲櫓(別名、西北隅櫓・戌亥櫓)がある。 築城当時の清洲城天守閣はこのような形だったのだろうか?

 市役所駅から地下鉄名城線に乗り栄町で東山線に乗り換え、中村公園駅へ。 目指すは秀吉が生まれたとされる場所にある、中村公園である。 駅を降りると案内図があり、真っ赤な大鳥居のある道を真っすぐ行けば中村公園である。 しかしそれに気付かず、えらく迷ってしまった。
 公園の正面には豊国神社があり、その裏側に秀吉の生誕地の碑がある。 秀吉の生誕地は他に中中村の弥助屋敷跡という説もあるそうだ。 また敷地内の常泉寺には、秀吉の銅像が建っており、傍らには秀吉産湯の井戸や秀吉手植えの柊がある。

豊公生誕之地 豊公生誕之地 秀吉像
常泉寺秀吉像

 そして隣の妙行寺には、加藤清正の生誕地の碑や清正の銅像がある。 またその他、木下長嘯子屋敷跡や大正天皇御手植松など、狭い敷地内に見どころが多い。
 とどめは敷地内の南西にある中村公園文化プラザの2階にある、秀吉清正記念館である。 ここは無料なのだが、名前の通り、秀吉や清正に関する展示はしっかりしているので一見の価値はある。

 お昼を回ったので、中村公園駅から学会会場を目指す。さーて、発表頑張ろう…。

 翌4月3日。学会最終日である。学会会場で講演を聞き、早めに切り上げて観光を開始する。 大きな荷物を担いで出撃である。

 学会会場である名城大のもよりの駅、塩釜口駅から地下鉄鶴舞線で伏見駅まで行き、 東山線に乗り換えて名古屋駅へ行く。名古屋もこれで見納めである。
 新名古屋駅から名鉄名古屋本線で中央競馬場前駅で下車。 競馬をやるわけではなく、桶狭間の古戦場を見るためである。 改札の反対側に桶狭間病院があるが、その裏が桶狭間古戦場跡である。 車通りの多い道を渡らねばならないが、桶狭間病院の交通整理のおじさんが車を止めてくれるので、安心して横断できる。

桶狭間古戦場跡
桶狭間古戦場跡
今川義元の塚
今川義元の塚

 ここは完全な公園となっている。桶狭間古戦場跡はもう1ヶ所あるそうだ。

 中京競馬場前駅から名鉄名古屋本線で新安城駅へ。そこで名鉄西尾線に乗り換え、南安城駅へ行く。 安祥城跡に行くためである。
 駅を降りたはいいが、全く案内板がない…。仕方ないので手元の大ざっぱな地図を頼りに歩く。 が、全く分からない。地元のおばあちゃんに道を聞くと、全く見当違いの方向に歩いていることが分かった。 なんてこった…。なんとか安祥城跡についたが、駅を降りてから1時間も経っていた。

安祥城址 安祥城址

 安祥城址は現在了雲院となっている。また併設されている安城市歴史資料館には安城の歴史が展示してある。 ここら辺は今川家(松平家)と織田家が壮絶な戦いを繰り広げた場所である、と言うことや、 家康の父広忠や祖父清康の活躍がよく分かる。

 南安城駅に戻る。歩いて10数分の距離であった。なんで行きにあんな時間食ったんだ? 時刻表を見ると40分くらい電車がないことが分かる。どうしよう…。 駅の案内板を見ると、「安祥古城跡」というのが書いてあった。 なんだこれ?駅から近いから行ってみることにするか。
 安祥城址と反対側の道を南下すると、右手に竹薮が見えてくる。 その裏が安祥古城跡である(始めは分からず、通りすぎてしまった)。

安祥古城跡 安祥古城跡

 安祥城が出来る前はここに城があったそうだ。案内板と、小山の上には祠がある。 周りは住宅街であり、よくも保存出来たもんだ、関心関心。

 南安城駅から名鉄西尾線で新安城駅へ、名鉄名古屋本線に乗り換え岡崎公園前駅で降りる。 次は家康が生まれた岡崎城である。
 岡崎公園に行くと、桜が満開で天気も良く、どうやら桜祭りをしているらしく混んでいた。

岡崎城天守閣 岡崎城天守閣

 天守閣(復元)の中は歴史資料館になっている。 多くの刀が展示してあったが、やっぱり「村正」は一振りもなかった(わかるかな〜)。 また三河武士のやかた家康館というのもあり、ここでも多くの展示があるが、 中でも秀逸なのが関ヶ原の戦いをビジュアル化して解説してある常設展である。

 花見をして出来上がっている人たちを横目に見て岡崎公園前駅まで戻る。 駅前に飲み屋が並んでいたが、今日はみんな花見に取られるに違いない。

 名鉄名古屋本線に乗り豊橋駅で下車。駅前から路面電車で市役所前駅まで行く。 市役所裏は公園になっている。吉田城跡である。薄暗くなってきたなか、散策。 ここでも花見をやっており、にぎやかである。石垣や土塁、空堀などが残っている。 本丸跡の奥にあるきれいな三重櫓は模擬櫓である。

吉田城跡 吉田城跡

 豊橋公園前駅から路面電車で豊橋駅まで戻る。もうすっかり暗くなってしまった。 豊橋駅から新幹線に乗ることにする。

 新幹線に乗るのは久しぶりである。流れる夜景を見ながら、今回の城跡巡りを思う。 やはり天下人を出した県だけあって、非常にあちこち整備されている。 しかし、本来なかった天守や櫓を建ててどうするんだろう?という気もする。 まあ埼玉でもそうだから、全国的なものなのだろう。きっと。

 電車を使っての城館巡りは初めてだった。長距離を移動できるという利点はあるが、 やっぱりやや融通性に欠けるのが難点であろう。次回はレンタルバイクで挑戦するか!

←戻る