'98.7.30 記

広島県城跡巡り('98.7.17〜22)

 広島へ行くことになりました。理由は(財)尾道海技学院の合宿で四級小型船舶のライセンスを取りに行くためなのだ。 そのついでというか、それとともに、まだ行ったことのない広島の観光(メインは城跡巡り)をしようと計画を立てる。 足がないので、メインは山陽本線沿いになるのは仕方がないところ。

 7月17日、出発の日である。新宿駅20:55発のハイウエイバス(エトワールセト号)でとりあえず福山まで行くことにする。 バスの中であまり熟睡できたとは言えないが、出来るだけ休む。

 翌18日、予定よりやや遅れてJR福山駅到着。さすが新幹線が通る駅だけあり、大きな駅である。 駅に向かう途中にある案内板で、どうやら福山城跡は駅の反対側にあるらしい事が分かる。 また、靹ノ浦海水浴場が今日海開きであるらしい事が分かった。あ〜行ってみっかな〜と思ったがやめる。 メインは城じゃ!
 肝心の福山城跡は福山駅のすぐ北にある。石垣が立派である。福山駅は二の丸跡に建っているらしい。 石段を上がると公園になっている。その公園の入口には堂々とした門がある。 これは筋鉄門というそうで、伏見櫓とともに伏見城から移築したということである。 その他に復元された天守閣や月見櫓等、見ごたえがある。 しかし私の行ったときは天守閣は工事中ですっかり隠れていた…。まあ復元天守なんてどーでもえーわい!

福山城天守閣 福山城天守閣(工事中…)

 で、ちょっと公園をふらふら。すると復元天守のちょうど裏側に、天守の基石が並べてあった。 復元天守を建てるにあたってここに移したそうだが、もう少し案内板を建てるなどしてほしいもんだ。 ある意味で復元天守なんかよりも貴重なんだから。

 福山駅に戻り、本来の目的地、尾道に向かう。駅構内からも福山城の石垣が良く見える。 しかし時刻表を見て思ったのだが、通勤ラッシュの時間なのになんか電車の本数が少ない。 ひえ〜めっちゃ混んでんじゃないの、と思っていたのだが…。お〜なんと空いているのでせう。 ゆったりと座れるでないの。大きな荷物を担いでいても楽々。ちょっとうとうとしつつ尾道へ。

 JR尾道駅に着くと、駅北の山の上にあやしい建物が見える。100%観光目的に造った尾道城である。

尾道城 尾道城

 ま、あそこには後で行くからいいとして、コインロッカーに荷物を預けて、因島を目指す。 因島に行く方法にはいくつかあるが、今回はバスを利用する。 因島の土生港行きのバスは駅を出てすぐのバス停から出ているようだ。
 尾道市営バスに乗り、尾道大橋と因島大橋を渡って因島へ上陸する。正直言って海を渡った、というよりも、 大きな川を渡った、というような感じであった。
 因島IC入口でバスを降りる。なぜかというと、ここから徒歩で因島水軍城を目指すためである。 因島水軍城にはバスを乗り継いで行けるそうだが、良く乗り継ぎが分からないため歩こうと考えたのである (まさに若いから出来ることだな)。で、結果的には30分弱で到着した。
 本丸の水軍資料館(310円)で水軍についてお勉強。 はじめはこんな陸の中に水軍城なんかつくったって役立たないじゃないの、と思っていたのだが、 中世はもっと海岸線が陸地まで入ってきてたのね…。 資料館には村上水軍の城跡の場所が数多く示してあったが、足がないのでいけまへん (T_T)。
 で、階段をおりて、因島市史料館(水軍資料館と共通)を見学。 そして因島村上家の菩提寺、金蓮寺で因島村上家のお墓参りをする。

因島水軍城
因島水軍城
因島村上家歴代之墓
因島村上家歴代之墓

 因島市営バスに乗り土生港へ。バスがなくて40分も待ったのだが、まあ休めたから良しとしよう。 次は土生港から三原に行くつもりだったのだが…。あ〜三原行きの船が出発してる!! そう、バスの到着とほぼ同時に出発してしまったのだ。え〜ん。次の船を待つか、それともバスで尾道に戻るか…。 悩んだ揚げ句、バスで尾道に戻ることにした。

 約50分後、尾道駅前に到着。三原へ行こうかどうか迷ったが、ちょうどよい電車がなかったことと、 やや時間に余裕がなかったことなどから断念する。
 目的の海技学院は尾道城と千光寺公園をはさんで向こう側にある。 コインロッカーから荷物を出して、駅前のコンビニで昼食の買い出しをして、尾道城に出発する。 …距離は大したことはない。しかし坂がきっついのなんの!!重い荷物を背負った身にはつらいつらい。 しかも、尾道城についたら「休業中」。なに〜!!もう呆然。仕方ないので千光寺公園の日陰で休憩兼昼食。 もういいや、かなり集合時間より早いけど海技学院に行こう…。 (実はここから海技学院に行くまでさらに苦労をするのだが省略)

 7月19日、この日は海技学院の講義で、予定では午前中ジェットスキー体験、午後は21時くらいまで学科だったのだが、 今日は朝からあいにくの雨で、ジェットスキー体験は中止になってしまい、16時から空いてしまった。 そこで昨日行くつもりで行けなかった三原城を攻略することにする。

 向原にある海技学院の寮から、渡船とバスでJR尾道駅まで行き、JRで三原駅まで到着。 接続が悪く1時間かかってしまった。
 三原城跡は三原駅構内にある。というより、三原駅が三原城跡(しかも本丸跡)を貫いている、と言ったほうが正しい。 なんでも山陽本線の三原駅ができたのが日清戦争の前だそうで、 軍の命令で山陽本線の開通を急がせたためこんなことになったらしいが、とんでもないことをしてくれたもんである。 現在、観光用に本来無かった城をどんどん築城していることを考えると、なんだか馬鹿馬鹿しい話である。

三原城天守台跡
三原城天守台跡
三原城跡
三原城跡

 駅の西口は隆景広場となっており、天守台跡の石垣と水堀が壮寛である。 天守台跡に登るには、駅構内を通らねばならない。上り口は北口近くにあるが、とてもわかりづらい。 まあ登ってみてもなんてことはないけど…。周りの水堀はよく見える (^_^; 。
 次に駅の南口に出てみると、驚くほど街がひらけている。駅前に「三原城本丸跡」と書いてあるのがむなしい。 案内板で舟入跡を確認し、すぐ行って帰ってこれそうなので行ってみる。

三原城舟入跡 三原城舟入跡

 ここも石垣と水堀くらいしか遺構はない。中世はここまで海岸線がきてたんだな〜と思う。 三原城は現存する石垣や水堀が立派なこともあり、安易に?破却してしまったことが非常に悔やまれる。 まあ逆に変な復元天守を建てられるのよりもいいかもしれないが。
 そして再び向島の寮まで戻り、夕食。明日は学科の修了試験があるので勉強してから寝る。

 20日、実技と学科、そして学科の修了試験があったので城跡巡りはなし。

 21日。今日は講習最終日であり、実技教習と実技の修了試験がある。まあなんとかこなして無事に合格。 あとは1月後にライセンスが郵送されてくるのを待つだけとなった。 まあ終わってみればあっという間の楽しい4日間であった。

 16時に解散となったので、急いで渡船に乗って尾道駅へ。予定では広島で宿を取るつもりである。 しかし直接広島へ行くのではなく、JR本郷駅で途中下車。(古)高山城跡と新高山城跡を攻略するためである。
 本郷駅を降りたら17時になっていた。コインロッカーを探すが見つからず。 しばらく駅前をうろちょろするが、思いきって駅前の自転車預かりのおばさんに荷物を預かってもらった (ありがとうございました)。

 まず駅に近い高山城跡に向かう。駅前の案内板は極めていい加減で役立たず。 とっても迷って、やっとこさ「高山城跡」の看板を見つける。う〜ん、見るからに大変そうだ。 元気を出して登ってみたが…ほんとにこの道かい?というような感じだった。 道は悪いわ、草木が茂っているわ〜で…。おまけに岩場があったりで、足を滑らせたらただではすまないだろうな…。 で20分位登ったのだろうか?見晴らしのよいところに出た。

高山城イワオ丸跡からの展望 高山城イワオ丸跡からの展望

 一瞬本丸跡か!と思ったが、どうやら違うらしい。イワオ丸跡と書いてある。 で、しばし休憩。次はどっちかな〜と見ると…どこが道?そう、草木が茂ってて道が見えないのだ!ひえ〜!! …でもまあ行ってみるか。と草木をかき分けて進むが…毛虫、クモの巣、草のトゲ…うわ!しゃれにならん! …50mくらい進んだところで引き返しました。マジでシャレになりません。

 しかたなくもと来た道を引き返し、駅に向かう。 こりゃ〜新高山城もこんな感じなんだろうな〜、といろいろ考えてたところ、「城山登山道」という看板があった。 …やっぱあそこって登山道だったのね…。 で、畑仕事をしていたおばあちゃんに話を聞いたところ、「今の時期に城山に登る人はいないね〜」とのこと。 いや、無事に帰れてよかったよ。

 駅に戻り、荷物を預かってもらったおばさんに話を聞くと、 「新高山にはたまに登る人もいるんよ。でも城山はいないね。」とのこと。先に新高山に行けばよかった。
 時刻表を見ると、広島行きの電車は出てしまったばっかりのようだ。う〜ん、どうしよう。日も暮れてきたし 。 でもまあ、せっかくだから新高山城跡の行けるところまで行ってみるか。

 とりあえず沼田川の橋を渡るため、沼田川を目指す。途中こんな石碑をみつけた。

古高山小早川城址 古高山小早川城址

 ということはここら辺も一応城跡なのか?

 さらに細い道を不安になりつつ突き進む。と、車通りの多い道に出る。 そこは沼田川の土手になっており、橋がかかっていた。 また「NHK大河ドラマ「毛利元就」タイトルバック撮影地『女王滝』9km」という看板が立っていた。 へ〜あれってここらへんの滝だったのか。
 橋を渡り、高山城跡とちょうど沼田川を挟んで対岸にそびえる山に向かう。あの山が新高山城跡とにらんでのことだ。 少し歩くとこんな石碑があった。

新高山小早川城址道 新高山小早川城址道

 あ、やっぱりあの山が新高山城跡だったのね。しかしもう暗くなってきた…。 いいや!ちゃんと城跡も確認できたし、と思い、後ろ髪を引かれる思いで本郷を後にする。

新高山・古高山城跡遠景
新高山城跡(左) と古高山城跡(右)
(中央は沼田川)

 広島に向かう途中、電車内から『女王滝』への入り口が見えた。足があれば見に行けたのに…。

 JR広島駅に到着。すぐにガイドブックで目星を付けておいたビジネスホテルに電話する。 部屋が空いているようなので、すぐにチェックインして荷物を置いてから、駅前を少し探索。 宿のある新幹線口側は非常に落ち着いた雰囲気だが、駅の反対側はすごくにぎやか。ほんと対照的である。 今夜の夕食と明日の朝食を買って、宿に戻って就寝。今日は疲れた…。

 22日。朝早く起きて出発。まず広島駅からJRで廿日市駅まで行く。 ここには厳島合戦で重要な役目を演じた桜尾城跡があるはずである。 手持ちの地図をみても、どこにも桜尾城跡とは書いていないのだが、 おそらく桂公園となっているところが桜尾城跡にちがいない。 で、例によって迷ったので道端にいたおじいさんに道を聞いて、桂公園に到着。

桜尾城址 桜尾城址

 お、やっぱり予想通りここが桜尾城跡だったのね。公園の中を散策して、駅に戻る。 やっぱり、この桂公園の「桂」って、桂元澄の桂なんでしょうかねえ?

 後で思ったのだが、せっかく廿日市に降りたんだから、陶晴賢の首塚(洞雲寺にある)も見とけばよかった…。

 廿日市駅から宮島口へ。次の目標は宮島である。渡船で宮島に渡る。 宮島桟橋につく前に、厳島神社の大鳥居が見えるのだが…。まあ聞くのと見るのじゃ大違いってことかな。 宮島桟橋からはレンタサイクルを利用する(2時間320円)。まずは宮尾城跡を探す。 いろいろな本には「桟橋から右に見える尾根が要害山といわれ宮尾城の跡である」というように難しく書いてあるので不安になったが、 いざ行ってみると簡単。駅前に案内もあるし、要害山の上り口にもちゃんと案内がある。

宮尾城跡(要害山) 宮尾城跡

 厳島合戦の時、ここに毛利軍が立てこもったんだ、と思うと感慨深げになること請け合いである。 次に陶軍が本陣をおいたという、塔の岡へ行く。現在は千畳閣や五重の塔が立っている付近だそだ。 千畳閣へ入ったが(100円)、ふ〜んという感じだった。 成り金おやじ豊臣秀吉が安国寺恵瓊に命じてつくらせたはいいが、完成前に死んでしまって中途半端で終わってしまった、 というんで、正直良い印象もないし。現在は秀吉を祀る豊国神社となっているそうな。

 ふもとに降りて、厳島神社を参拝する(宝物館と共通で500円)。 ふ〜ん、なるほどね、という感じ。思っていたより狭かった。

厳島神社
厳島神社

 宮島神社を出ると、入り口から全く反対側に来てしまっていたので、自転車を取りに戻らねばいけなかった。 自転車で戻って厳島神社の出口すぐにある宝物館を見学。敷地は狭いが結構いろいろあった。

 そして自転車を飛ばして、向かうは陶晴賢の上陸地点の大元浦である。 ここに立って対岸を見ながら、厳島合戦の時の陶晴賢の気持ちを考えてみるのも一興であろう。

 桟橋に戻りつつ、途中の歴史資料館へ立ち寄る(260円)。 ここは宮島の歴史や厳島合戦について、詳しくかつ分かりやすく展示してある。 広さも展示物の量も十分。中は涼しいし。
 また、厳島神社を現在のようにしたという、平清盛を祀った清盛神社もあった。 宮島は厳島神社以外にもたくさん神社があるので、詣でるのはまあこれくらいにしときましょ。 お土産を買って、桟橋へ。

清盛神社 清盛神社

 再び渡船に乗り、宮島口から岩国に向かう。目指すは岩国城である。 JR岩国駅から岩国城(錦帯橋)まではバスであるが、ほぼ10分おきに出ているので問題はない。 バス乗り場でセット券(岩国〜錦帯橋バス往復、錦帯橋渡橋、ロープウェー、岩国城入場で1,320円)を購入。 バラで買うよりお得だし、記念に残る。

錦帯橋
錦帯橋

 錦帯橋を渡る。まあ歩きづらい事この上ない。渡ると公園になっており、いろいろ見どころがある。 まず吉川記念館に向かうが…「水曜休館」だって?なに〜せっかく来たのに…。 次にロープウェー乗り場の近くまで行くと、天然記念物のシロヘビを見ることができた。 アオダイショウのアルビノ(白色変異)だそうだが、確かにアルビノが安定して遺伝するのは珍しい。
 向かいの岩国歴史美術館(300円)に入る。鎧や刀がたくさん展示してあった。 が、ここまできて川中島合戦の屏風を見るとは思わなんだ。

吉川記念館
吉川記念館
岩国歴史資料館
岩国歴史資料館

 ロープウェーで山頂に登り散策道を進むと、途中に井戸跡(大釣井という)があり、 さらにその奥に岩国城の復元天守が現れる。中は資料館になっている。 また、ちょっと奥に行くと、天守台跡がある。 その他、二の丸跡や東矢倉跡、空堀など、非常に整備されている。

岩国城天守閣
岩国城天守閣
岩国城天守台跡
岩国城天守台跡

 てくてくと散策道を戻り、ロープウェーで麓に戻る。そして岩国最後の目的地、吉川家の墓所に向かう。 すごく広い。岩国藩主代々の墓はもちろん、吉川元春の正室(あの醜女で有名な)の墓などがあり、 まじまじと見ると結構時間がかかる。一番上に初代藩主の広家の墓がある。 ふとデビルマンのテーマ(♪うら〜ぎ〜りものの〜なを〜う〜けて〜)が浮かんだのだが、 お陰で吉川家(さらには毛利家)がお取りつぶしから免れたのだから、あれはあれでよかったんだろうな。

吉川家墓所
(写真は納骨堂)
吉川家墓所

 再び錦帯橋を渡り、バスで岩国駅まで戻る。そして次は広島である。
 まず広島駅から原爆ドーム前まで広島電鉄で行く。降りるとすぐ原爆ドームが見える。 反対側には広島市民球場があり、今日も試合をやっているのか歓声が聞こえる。う〜ん平和だ。
 平和記念公園を急いで散策し、平和記念資料館(50円)に入る。 予定では30分くらいで出てくるつもりだったのだが、非常に見ごたえがあり2時間もかかってしまった。 結構衝撃的な展示が多く、ここは十分時間を取って来るべきところだったと反省。

原爆ドーム
原爆ドーム
原爆慰霊碑
原爆慰霊碑
爆心地の碑
爆心地の碑

 平和記念資料館から出ると、雨が降っていた。 あと広島城を観なければ帰れないのに!と思い、傘を差して平和記念公園を後にする。
 広島城に向かう途中、爆心地の碑のところで思わず上を見上げる。 しかし何で爆心地ってこんなにマイナーなのでしょう?(正確には爆央地だと思うけど)。 中学時代は原爆ドームの真上で爆発したのだと思っていたくらいだし。 やっぱり何にもないから残しづらいんですかね。

 平和公園から雨の中歩くこと約20分、やっとこさ広島城の水堀が見えてきた。 なんとなく名古屋城と同じような感じである。 二の丸に入り、展示を観ようとしたが、時間が遅いため閉まっていた…。仕方なく本丸跡に行き、散策。 大本営跡などいくつか見どころがある。そして天守閣に行ったのだが、ここも時間が遅くて閉まっていた…。 しくしく。

広島城二の丸
広島城二の丸橋御門
広島城天守閣
広島城天守閣

 でもいいか、城跡に来ることができたんだし、と気を取り直して駅に向かう。 雨が降っているわ、道はわからないわで苦労したのだが、なんとか駅に到着。 荷物を整理し、時間があるので駅構内を散策。

 広島駅新幹線口19:00発のハイウエイバス(ニューブリーズ号)に乗り込み、広島駅を出発。 途中広島城脇を通り、どんどん山の方に入っていく。 う〜ん、時間があればここら辺にも来たかったな〜。

 そして23日。皇居の脇を通り(これも城跡めぐりだな)、朝6:30頃東京駅八重洲口に着く。 あ〜帰ってきたんだな〜、という寂しさが残る。もっとあちこち観て回りたかったな。 今度はバイクで攻略するぞ!

←戻る