'98.11.15 記
上野攻略('98.11.14)
さてさて、この度、ワタクシは一人で群馬に行くことにしました。理由は…話すと長くなるので省略。 まあ動機としては、1)紅葉の時期である。2)お城メーリングリストで群馬の話が最近多かった。 ということもある。
11月14日土曜日。朝早めに起床、寒い!やっぱりもう秋なのねぇ。
で、寒さに耐えれる様に、厚着(セーター、ジャンパー、スキー用タイツ、オーバーパンツ、アンダーグローブ)をして、
軽い朝食を取り、朝7時出発。
まず国道407号に出て、ひたすら北上。やはり厚着をしてきて正解だった。
熊谷を経由して利根川を渡って群馬県太田市に入る。で、国道354号を左折。目指すは小泉城跡である。
大泉町にあるのに小泉城?まあいいや。例によって少し迷ったが、なんとか到着。
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小泉城跡は東武鉄道小泉線沿いにある。国道354号の北側である。 どうやらついた場所は搦手口だったらしく、バイクを駐車場に止めて散策する。土塁や水堀がよく残されているようだ。 城跡は公園になっており、犬の散歩をしている人、ゲートボールゴルフ(正式名称知らない…)をしている人など、 ひじょ〜にのどかである。 ぐるっと一回りすると、戦時中(第二次大戦ね)に空襲で亡くなった人たちの慰霊碑があったりして、 けっこう時間を取られてしまった。
小泉城跡を後にして太田市内を目指す。次は新田義貞ゆかりの金山城跡である。
金山城跡には迷わずたどり着けた。道もしっかりしているし、案内板も分かりやすいからである。
金山を案内板の通りに登って行くと、数ヶ所に城の遺構について説明板が立っていた。
突き当たりの駐車場でバイクを停め、散策を開始。とりあえず展望台があるので上ってみた。
お〜、眺めがヨイ。なるほど、ここに城を作ったのもよくわかる。
駐車場のすぐ上は本丸跡だと思っていたのだが、なんでも西の丸だそうだ。
おりょりょ…。そういえば、本丸跡には新田神社があるって言ってたなぁ。
その新田神社は少し戻ったところにあるらしく、たいした距離じゃないので歩いて行くことにする。
あちこちにある石碑や景色を観つつ10分くらい歩いただろうか。今、金山は工事のまっただ中にあるらしく、なんとも…。
お願いだから修復と言う名でヘンな復元はしないでください。現在でも堀や土塁は十分に残されていますから…。
本丸跡に至る階段を上ると、新田神社が建っていた。
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また、金山城の説明もあり、しばし休憩。ここでオーバーパンツを脱ぐ。履いたままだったんで、暑いのなんの…。
ワタクシは新田義貞については勉強不足で、ほとんど知らないんです。太平記くらい読まにゃあかんな…。
もと来た道を戻ると、ちょうど外人さんが来ていて、ガイドらしきおじさんが金山について説明をしていた。 思わずついていって説明を聞きたいくらいだったのだが…。まあ止めときましょ(あたりまえやねん!)。 金山はハイキングコースになっているらしく、今度は新田義貞についてよく勉強した後、 ハイキングがてら金山をゆっくりと散策しようと思ったのでした。
金山を後にし、県道2号線をまっすぐ西に行く。伊勢崎市を通り過ぎ、前橋市を目指す。 前橋に入り、群馬県庁に向かう。
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群馬県庁は前橋城の跡地に建っている。前橋には何度も来ているのだが、 なぜか前橋城跡には行こうとは思わなかったのだ。行ってみると、土塁しか残されていなかった…。 せっかくだから土塁をぐるっと一回り。結構な距離があり、反対側まで来てすっごい後悔をすることになったのだが…。
次に県道6号線でさらに西を目指す。目標は箕郷町の箕輪城跡である。
箕輪城跡はこれまた分かりやすい。案内板の通りに進めばたどり着く。
またしても城の搦手に着いてしまったようだ。駐車場にバイクを停めて、本丸跡に向かう。
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箕輪城跡の第一印象。すっげ〜!!これだけ。案内板はしっかりしているわ、土塁や竪堀は残っているわ、 余計な建造物はないわ〜で…。まあおまけに人もいなかったけど (^_^;。 すごいな〜すごいな〜と思いつつ散策。犬走りを歩いていて、思わず竪堀に落っこちそうになった(^ ^;; 。
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箕輪城跡に来て思ったのは、ここら辺の人たちにとって、武田信玄は単なる侵略者でしかないんだな〜、
ということ。武田信玄=悪、長野業政=善、らしい。やはり立場が変われば…というやつですな。
箕輪城に関する詳しい資料は、箕輪町立図書館に行けば手に入るらしい。しかも土日も開いているそうな。
寄ってみようか、と思ったのだが、すでに12時半になっていたので、次を目指す。また来ればいいさ!
次に県道28号線を北上。城跡はないのだが、榛名湖に向かう。峠道は狭く、急なところもあったのだが、
とっても空いていたので楽だった。横目で紅葉を観つつ榛名湖へ到着。
う〜ん、涼しいを通り越して寒いぞ。よくこんな日にスワンに乗るよなぁ。やっぱ流行ってんのかしらん。
と、休憩しながら思った。じつはここで昼食にしようと思ったのだが、やはり観光地値段だったことや、
なんとなく落ち着かない雰囲気があったのでやめた。
で、しばしの休憩の後、さらに県道28号線を北上。次なる目標は岩櫃山である。 県道28号線は整備が進んでおり、非常に走りやすい。しばらく走って山を下りると、 国道145号線に突き当たるので、中之条方面に向かう。すると左手に怪しいお城風の建物が見えてくる。 岩櫃城温泉である。その入口よりさらに手前を左折し、しばらく道沿いに走ると、 岩櫃山登山口への道順が書いてある。これによると岩櫃山へは直線らしいが、おもむろに左に曲がって坂を上ると… おお、岩櫃城跡の石碑があるぞ!
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近くの駐車場にバイクを停めて、本丸跡を目指す。登山口には休憩所があったり、案内板がしっかりしていたりで、
結構登山者がいる、ということがわかる。
本丸跡には道順の通りに行けばたどり着く。が、ある程度気合いを入れていないとくじける (-_-; 。
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本丸跡には休憩所とゲストブックが ^_^ 。本丸跡の碑の前には岩櫃山から下山してきたと思われる集団が…。 写真を撮ってと頼まれました(しかも2組も)。で、しばし竪堀や土塁を堪能して、休憩所に。 ゲストブックに几帳。お、今日岩櫃城を攻略したぞ、という書き込みが…。 また、先程記念写真を撮ってあげた、埼玉から来たというおじさん集団に柿をご馳走になり、下山。 岩櫃山にも登ってみたかったが、時間もない(すでに14時)し、装備もないので断念。また今度。
ちょっと去りがたかったが、国道145号線に戻り、沼田に向かう。 岩櫃城温泉にも寄りたかったが、先を急ぐのでパス。 また、中之条駅前の商店街に真田六文銭が翻っていたのにはちょっとオドロキ。
高山村に入ると、観光案内板があったので観てみると、道沿いに尻高城跡と中山城跡があるらしい事がわかった。 で、しばし走ると看板を発見。
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ここより山に入ると城跡があるらしいが、時間がないのでパス。続いて少し走ると中山城跡を発見。
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どうやら後ろの小山が中山城跡のようだ。ここも時間があれば登ってみたいのだが…。ごめんね〜先を急ぐのよ。
少し走って、県道36号線に入り、赤根峠を越える。また峠越えだ、と気合いを入れていたのだが、 トンネルができていて楽々だった。峠を越えてさらに進むと国道17号線に突き当たる。そこが名胡桃城跡である。
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名胡桃城跡は前回沼田城跡を攻略したときには、存在を知らずにいて悔しい思いをしたところである。 丸馬出し跡にバイクを停め、散策開始。大きな案内板があるので、これを参考にする。 また、いたるところに石碑が建っており、とても親切である。空堀や曲輪を丹念に観察しつつ、本丸址へ。
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ここにはひときわ大きな石碑が建っている。また、脇になんで名胡桃城を保存しようと思ったのか、 ということが書いてあった。さらにぐるりと本丸址を巡ってから、バイクまで戻る。
沼田を目指し、国道17号線を南下する。途中、道路情報センターみたいな所があったので、ちょっと立ちよる。
すると月夜野町の観光ガイドがあったので目を通すと…なぬ、小川城址?しかも国道沿いにあるの?
こりゃ行くしかないっしょ〜。
国道17号線を再び戻り、先ほど散策した名胡桃城址を横目にさらに進む。上越新幹線をくぐり、
右折して国道291号線を北上すると、すぐに右手に小川城址の赤いのぼりが見える。
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小川城址には空堀が残っていた。また、城址周辺にはいたるところに小川城址という看板や、 三の丸址という看板があった。
続いてついでとばかりに、明徳寺城址を目指す。 県道61号線を南下し、月夜野町役場を過ぎて少し行ったところの信号を左折し、上越線の踏切を越える。 あとは「みねの湯」の看板を目印に進むと、関越自動車道沿いにみねの湯があり、 そのさらに奥が目指す明徳寺城址である。
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土塁と空堀と、そして曲輪が3つに分れているということが分かる。 しかし、どうやらここら辺は私有地なのか畑になっており、このときも人がいたため、 あまりうろうろすることができなかった。残念…。
もうかなり日が陰ってきたので、いそいで沼田城跡に向かう。 沼田駅から真っすぐ進み、信号を左折して少し進むと突き当たりが沼田城跡である。 ここは1度来ているので、楽にたどり着けた。
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思えば、3年前にここに来て、この景色を観て以来、城跡巡りにはまっているんだよなあ、 と沼田の街中を観ながら思った。
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もう17時を回っている。完全に日が暮れないうちに、急いで散策する。 あちこち発掘工事を行っていて、除いてみると石垣が露出していた。 ぜひ整備を行って一般に公開してもらいたいもんである。
沼田城跡を後にし、折角沼田に来たんだから…と、 正覚寺の小松姫(大連院)のお墓と鈴木主水のお墓に立ち寄る。 はっきり言って、もう日が落ちて暗くなってからお墓を巡るなんて、 普通の人が見たらさぞかしヘンに思われるに違いない。
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小松姫様、あなたのお墓は3ヶ所すべて回りましたよ、と思いつつ参拝。 そして名胡桃城址でも思ったのだが、鈴木主水の墓の前で再び思った。 歴史ファンには有名だが、普通の人は名胡桃城事件って知らないのよね。 秀吉の天下統一の発端となる小田原征伐の発端となった、というのなら、 せめて歴史の教科書の欄外にでも「名胡桃城」の言葉があってもよさそうなもんだけど、ねぇ。
…などと思っている間に、すっかりと暗くなってしまった。
国道17号線に出て、ひたすら南下。途中、前橋で昼食(というか夕食だわな)を摂って、
国道50号線⇒国道17号線⇒国道407号線とひたすら走り、帰宅。到着21時。
いやいや、疲れた疲れた…。(総走行距離314km)
*今回の城跡巡りでは、お城メーリングリストの下総介さんの報告を多大に参考にさせていただきました。 どうもありがとうございました。