'99.3.28 記
相模遠征('99.3.26〜27)
3月の末から研修に入ってしまい、つぎ遊びに出られるのはいつになるか分からない... というわけで、近場で1泊旅行に行こう!というわけで出発!
3月26日金曜日。
早朝に自宅発。R16 → R129 → R246と経由し、伊勢原市に入る。目指すは太田道潅の2つの墓である。
まず通称首塚は、中沢中学校と大慈寺を目標にすると分かりやすいかもしれない。
それに案内板がでかいので、見逃すことはない。
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ここにある案内板を見ると、近くに丸山城跡があるらしい。早速行ってみる。
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丸山城跡は現在高部屋神社となっており、遺構は... まあ神社の裏手ががけになっていたり、周囲の道が堀の跡なのかもしれない。
東名高速の反対側に出て、道潅墓(通称胴塚)を目指す。 これまた案内板があるので、分からないことはない。
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ここにある案内板によると、『...父道真の所領は現在の伊勢原市にあり、 道潅は現在の伊勢原市の糟屋に生まれた...』と言ったことが書いてあった。 道潅さんは神奈川生まれだったんですね。
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その後案内板を頼りに、太田道潅の従者の墓と言われている七人塚や、道潅が暗殺された上杉館跡を巡る。 上杉館跡は大空堀と郭跡と思われる平地が残っている。 ちなみに空堀跡は畑と、アーチェリーの練習場となっていた。
県道63号 → R1 と経由し、小田原城へ。
小田原城は4年前に一度訪れているので、2度目の訪問である。
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しかし、小田原は春休みになっているからだろうが、人が多い!落ち着かないので早々に退散。 また案内板を頼りに北条氏政・氏照の墓参り。
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そして、R1を箱根方面に向かい、石垣山一夜城跡を目指す。 案内板とおりに左折すると、何と工事中!こちら側からは行けないとのこと。 反対側から進むしかないとのことなのでが...いいや、後回し!
目指せ、山中城跡!とばかりに箱根の山を登ったのだが...
小涌園を過ぎた辺りで、ぽっつらぽっつら雨が...と思ったら、霧が!
もう20m先も見えないような状態で...なんとか芦ノ湖畔までたどり着いた(もちろん何も見えず)のだが、
それからは進むも無理なら、戻るのも無理。
どうしようか悩んだのだが、宿を取って今日は休むことにした。宿は箱根レイクヴィラYH。
素泊\3,090。雨の音に翌日を不安に思いつつ、温泉に浸かってゆっくり休む。
3月27日土曜日
朝雨が止んでいてほっとする。ゆっくりと目を覚まして、宿を出発。 このまま戻るのもなんなので、芦ノ湖を目指し、近くの箱根神社に立ち寄る。
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ここでおみくじを引いてみたら、『大吉』だった。めずらしい...で、宝物館を見学。
その後山中城跡に向かおうと思ったのだが、な〜んか山が霧がかかっていて、
いやな感じだったのであきらめ、小田原へ戻る。
途中曽我兄弟の供養塔が建っていた。デカイ。
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小田原市内に入り、今度はR135から石垣山一夜城跡を目指す。 一応案内板があるので、道順通りに進めば到着する。
城跡は公園となっているが、石垣がしっかりと残っていた。 石垣山城跡から小田原城を眺めるのを楽しみにしていたが、霧がかかっていてな〜んにも見えず(T_T) 仕方なく下山。
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小田原市内で昼食を摂って帰るか、と呑気なことを考えていたら、ぽつぽつと雨が... 急いでカッパを着込んで、何も考えず R1 を東へ。そのうち土砂降りになっても〜た。
途中、国道1号線にある小磯城跡(大磯城山公園)へ休憩がてら立ち寄り、 その後は休憩なしで突っ走って帰宅。
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丸6時間雨の中 (T_T) もう全身びしょ濡れ...家についたらぐったり。
...というわけで、雨に祟られた2日間。移動距離300km。もう神奈川はいいっす。 渋滞がひどいし。神奈川は電車・バスで行きたいな。